「生業裁判判決から福島の未来を探る―7年目の福島の旅」に参加して 2018年3月9日〜11日
福島で思うこと
咲き盛る被曝白梅人間の壁穿ちたる人間の声
鉛色に沈む海かも忘れよう忘れられぬと交差する波
友ら去り家族と暮らせぬ老いひとり吾が家に戻る数珠を握りて
俺は魚屋続けたいだけ何故だめか正面から問う生業裁判
同情は要らない僕は周りの人に優しくしたいと高校生は
3度目の福島訪問。津波の残骸は片づけられ、替りに巨大な緑のシート(フレコンバッグの仮置場)と太陽光発電パネルがあちこちにありました。
「除染は進んでいます。客土したから耕作できます。」と避難解除になりましたが、帰還は少数とか。それは何故か。
津波の時、校長の即断で全校児童を山へ走らせて一人の死者も出さなかった請戸小学校。。せっかく助かった命が、差別され、反目し合い、分断されている現状は悲しい。現実はこれだ。机上の空論で決めないでほしい。
「生業裁判から福島の未来を探る」ツアーで、「壊れたのは泊原発であったかもしれない」「全て自分の身におきること」と教えられました。
企画・運営、お誘い下さったみなさんに感謝致します。
那須 愛子