日本平和大会 in 三沢に参加して 2016年10月22日(土)〜24日(月)
2016年日本平和大会in三沢が10月22日〜24日にかけて行われ、全国各地から1500名が集まり函館からも11名が参加しました。正午から行った三沢基地視察学習の後、開会集会が行われ3名の国会議員の挨拶や、海外代表として参加したフイリピンのウオルデン・ベロさんの挨拶があり、続いて主催者の報告や元自衛隊員や自衛隊員の家族などの発言などが続き、最後に各地から取り組まれている「わが街を戦争の拠点にするな、基地はいらない」リレートークが行われました。翌23日には10の分科会があり、それぞれが希望した分科会に参加して来ました。
資料によると三沢基地は在外米軍基地の総資産の4割を占めていて日本は世界でも異常な米軍基地国家になっています。米軍の三沢基地の総面積は2380haと広大なものでアメリカの世界戦略の出撃基地に使われています。配備されているF―16戦闘機はアメリカの太平洋軍唯一の世界への殴り部隊となっていて、イラク戦争、アフガニスタンへの攻撃、シリアでの空爆作戦、そしてIS(イスラム国)に出撃し空爆作戦に参加している事も明らかになっています。F―16戦闘機は長距離飛行を行うため南シナ海で空中給油を受けています。又、三沢のF―16戦闘機は核攻撃のできる戦闘機で、操縦席に核兵器のスイッチがついている恐るべき能力をもった戦闘機です。三沢市は基地の爆音で住民は大きな被害を受けています。基地と共存していると言われていますが、その実態は米国の植民地とも言える状態にあると私は実感じました。基地の強化は75%を占めている沖縄だけではなく下北半島も基地と核の半島とも言える状態となっています。
フイリピンの学者ウオルデン・ベロさんはアジアでの米国の「力の均衡」を目指す動きは平和ではなく紛争をもたらすと指摘していました、そしてアジアの人々による平和を構築する事の重要性を述べています。私はこの度平和大会に参加して、軍事同盟ではなく憲法をいかした平和な日本とアジアをめざすために、行動する事の大切さを学ぶ事ができました。
今回は三沢市での日本平和大会の後、下北半島をめぐる米軍・自衛隊・大間原発ツアーにも参加して来ました。下北半島は六ヶ所村の広大な土地に展開される再処理工場、ウラン濃縮工場、低レベル放射性廃棄物埋設工場、高レベル放射性廃棄物一時貯蔵施設、モックス加工工場が並んでいます。むつ市には放射性廃棄物中間貯蔵施設、大湊には航空自衛隊のFPS.ガメラ型レーダーが設置されていました。大間原発に向かう道は細く事故が起きた時の避難所とされていますが、大間町民ははたして避難できるのだろうかと思ってしまいます。大間原発は世界で始めてのフルモックス炉で、炉心には長崎に投下された原発の9800倍のプルトミウムが存在すると言われています。この大間原発の足元で電源開発の買収に応じず大間原発反対を貫いている小笠原厚子さんが住んでいます。「あさこはうす」と言われていて、故熊谷あさこさんの遺志をついで頑張って反対運動を続けています。私達が合いに行くと笑顔で挨拶されていました。この「あさこはうす」に通じる道は細く両側を高い鉄条網のフエンスで仕切られていて残土が積まれ原発内部は見えません。「あさこはうす」の電気は太陽光設備と風力発電設備でまかない、生活用水は雨水を使用し飲料水は宅配便などで送ってもらっています。この道の通行量が少なければ封鎖となるので郵便などを送り配達人を通せば通行量が確保されるので、厚子さんは「ぜひハガキの送付をお願いします」と言っていました。私も協力したいと思っています。
大間原発に面する津軽海峡は公海で各国の潜水艦が航行しています。大間町は貧しい過疎地で国策に踊らされ「核燃料サイクル基地」として生きざるをえなかったのでしょう。
函館平和委員会 安井徹